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東京地方裁判所 平成元年(特わ)510号 判決 1989年7月25日

主文

1  被告人を懲役二年六月に処する。

2  未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。

3  押収してある覚せい剤八袋(平成元年押第五一二号の1ないし4)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、

第一  昭和六三年一一月一三日、東京都練馬区北町一丁目四三番一二号空地に駐車中の普通貨物自動車内において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶三・三七一グラムを所持し

第二  Aと共謀のうえ、平成元年三月三〇日ころ、同区<住所省略>グリーンビルB棟二〇一号室被告人方において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン約〇・〇二グラムを含有する水溶液約〇・一二五立方センチメートルを被告人がAの右腕部に注射し、もって覚せい剤を使用し

第三  同月三一日ころ、右被告人方において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン約〇・〇四グラムを含有する水溶液約〇・二五立方センチメートルを自己の左腕部に注射し、もって覚せい剤を使用し

第四  同日午後九時三一分ころ、右被告人方において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約〇・一四六グラムを所持し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(判示第一の事実について)

同事実について、被告人は、身に覚えがない旨述べ、弁護人は、合理的な疑いを越える程度に立証する証拠がなく証拠不十分で無罪である旨主張する。

そこで検討してみると、関係証拠によれば、次の事実が認められる。

<1>  被告人は、昭和六三年一一月一三日午前九時ころから午後零時ころまでの間に、東京都練馬区北町一丁目四三番地一二号空地に駐車中の普通貨物自動車内から自己所有のセカンドバッグを盗まれたこと。

<2>  同月一六日午前一〇時一〇分ころ、同区平和台一丁目一八番一一号内田駐車場の北東隅付近において、右セカンドバッグが発見され、同時に、これから西に約七・三ないし九メートル離れた地点で、本件覚せい剤七袋等在中の小物入れと被告人所有の鍵(キーホルダー付きのもの)も発見されたこと。小物入れと鍵は、約一五センチメートル離れているだけであったこと。小物入れには、覚せい剤のほか、注射筒、針、楊枝等、覚せい剤を注射して使用するのに必要な品のセットが入っていたこと。

<3>  被告人は、昭和五五年二月、同五六年一二月、同五九年一月にそれぞれ覚せい剤取締法違反の罪で懲役刑に処せられ同六〇年一一月同罪等により懲役一年一〇月に処せられた覚せい剤常習者であり、同六二年七月に右最終刑を仮出獄した後も、本件当時に至るまで、覚せい剤と関わりを持ち、Aとともに覚せい剤を注射使用するなどしていたこと。

<4>  セカンドバッグが盗難に遭ったと判った際、被告人は普通でないあわてようで、青白い顔をして泣き出しそうであり、Bに対し「他人から預かった書類と名刺などが入っている。ヤバイ、ヤバイ。」「お金は盗んだ人にやってもいいが、バッグは大事なものが入っているので返してほしい。」などと述べていたこと。Bには、被告人はバッグのことが気になって仕事ができない状態に見えたので午後の仕事を中止し帰ることになったが、その間も誰が怪しいというようなことを盛んに言い、そのうちの一つである水道工事業者のところへ出掛けていったこと。他方、Bが、警察に届けるよう勧めたのに対しては、あいまいな返事をし、結局届け出なかったこと。

<5>  被告人は、Aに対し、盗まれたバッグに「ネタが入っていた」と述べたこと。

これらの事実を総合すれば、被告人による本件所持の事実を優に認めることができる。

すなわち、まず、セカンドバッグと鍵は、右バッグを盗んだ者により同時に投棄されたものと認めるのが相当であるが、鍵と小物入れとは、両者が極めて近接して落ちており、毎日人の出入りがある駐車場で同時に発見されたことからして、同一人物により投棄された可能性が非常に高いというべきである。本件のような場所に、盗品の鍵=センカドバッグが捨てられること、覚せい剤や注射筒等の入った小物入れが遺失ないし投棄されること自体、社会生活上そうあることではないが、この二つのことが、別人物により、ほぼ同時期に同じ場所において行われる可能性となると、一段と低いと考えざるを得ない。そして、仮に同一人物により投棄されたものであるとすると、小物入れは、被告人から盗んだセカンドバッグに入っていて、犯人には不要であったため投棄されたと考えるのが、最も自然である。覚せい剤を自己使用等するために所持していた者が、本件のような態様で覚せい剤を投棄するというのも解せないし、また、覚せい剤は、かなり蔓延しているといわれているとはいえ、一般にはやはり入手困難な物品であるから、覚せい剤関係者でない者が、この時たまたま覚せい剤や注射筒等を他人から入手していて、セカンドバッグと一緒に捨てたという想定も、偶然性に頼るところが大きすぎよう。前述のように、被告人は、この時期、覚せい剤と関わりのある生活をしていて、覚せい剤や注射筒等を入手、所持している可能性が十分ある者であったから、小物入れもセカンドバッグに入っていたとすれば上記のような不自然性、偶然性はない。

<4>の盗難後の被告人の態度・行動については、ある程度の貴重品を盗難に遭って慌てふためくのは普通のことであるから、この点は、一義的な解釈を許す事柄でないのはいうまでもない。しかし、この点についての被告人の弁解はあまり説得力があるものとはいえないうえ、もし、セカンドバッグに覚せい剤が入っていたとしたら、この被告人の態度・行動を最もよく説明することができることも、また否定し難いことであろう。その意味で、この点も、被告人の本件犯行を推認する際の、一つの情況証拠たるを失わない。

<5>の事実を述べたAの検察官に対する供述調書の信用性について、弁護人はるる主張するが、警察官の取調べ方法に、本件覚せい剤がセカンドバッグの中に入っている状態で発見されたものであるかのように誤解させた面があったとしても、直ちに右調書にあるような供述に結びつくものではなく、この供述が取調官の誘導だけで出てくるとは考えにくい。Aは、第二回の証言で、大事なもの=ネタ(覚せい剤)という頭であったため、自分の想像が加わってそうした調書になってしまったように釈明しているが、右調書に記載されたAと被告人のやりとりは、覚せい剤であることをはっきりと前提にしたものであって右釈明のような経過で出来上がるものとは、とても考えられない。それに、もし、大事なものが、被告人が主張するように書類に過ぎないのなら、被告人はAにその旨言うのが通常ではないだろうか。そして、Aは、捜査官にそのことを明確に言えたはずではないだろうか。Aは、その証言において、被告人が注射器を盗まれた旨述べたことを半ば肯定しているのであるが、注射器を盗まれたことを自認するのと、覚せい剤が入っていたことを認めるのとは本件の場合、ほとんど同意義である。Aは、法廷では、被告人を庇って、真実を述ベていないと思わざるを得ない。

以上のとおり、本件覚せい剤は被告人が盗まれたセカンドバッグに在中したものであることを、<1>ないし<3>の事実だけでも相当高度の蓋然性をもって推認できるのであり、そこに合理的疑いを投げ掛けるような事実は存在しないうえ、<4>、<5>の点もあるので、本件公訴事実を認めるべき証拠は十分といわなければならない。

(累犯前科)

被告人は、(1)昭和五九年一月二〇日前橋地方裁判所太田支部において覚せい剤取締法違反の罪により懲役一年四月に処せられ、同六〇年四月九日右刑の執行を受け終わり、(2)その後犯した同罪及び大麻取締法違反の罪により同年一一月二九日前橋地方裁判所太田支部において懲役一年一〇月に処せられ、同六二年九月八日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は、検察事務官作成の前科調書及び右(2)の判決謄本によりこれを認める。

(法令の適用)

判示第一及び第四の各所為は、覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、一四条一項に、判示第二及び第三の各所為は、同法四一条の二第一項三号、一九条(第二につき、さらに刑法六〇条)に各該当するが、被告人には前記の前科があるので刑法五九条、五六条一項、五七条により三犯の加重をし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから刑法四七条本文、一〇条により一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人を主文掲記の刑に処する。未決勾留日数の算入につき刑法二一条、没収につき覚せい剤取締法四一条の六本文、訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項但書を各適用。

(裁判官 金築誠志)

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